2026.01.29
お知らせ
1月23日は同志社の創立者新島襄先生の永眠の日です。1890年のこの日、新島先生は療養先としていた神奈川県大磯の百足屋旅館にて46歳の生涯を終えました。先生のご遺体は汽車で京都に戻り、京都駅では大勢の同志社・教会関係者に出迎えられたといいます。27日に同志社チャペルにて葬儀が行われ、その後葬送の列は、若王子山頂まで続いたそうです。毎年同志社では、1月23日の朝、若王子山頂の同志社墓地にて、創立者永眠の日を覚えて祈祷会を行っています。
本校でも1月23日(金)に創立者永眠記念礼拝を行いました。礼拝のはじめには、新島先生の漢詩が歌詞となっている「庭上の一寒梅」の合唱が聖歌隊によって行われました。礼拝講師には、同志社香里中学校・高等学校聖書科教諭の工藤尚子先生をお招きし、「人が死んで残るもの」と題して奨励をしていただきました。
先生は、イエスの死に対する百人隊長の「本当に、この人は神の子だった」(マルコによる福音書15章39節)という言葉から、「私が死んだら、どう語られるだろうか」と私たちに問いかけてくださいました。百人隊長はごくわずかな時間しかイエスと関わりのなかった人物です。その人物が残した「本当に、この人は神の子だった」という言葉は、イエスがどのような生き方をしてきたかを表しているものです。人が死んだ後に残るのは与えたものであるという先生からのメッセージは、私たちそれぞれが何を与えることができるのかということを考える機会となりました。「世に与える生き方」を意識しながら、これからの毎日を過ごしたいと思います
