ココロススメオトメ

踏み出して、女性は美しくなる。

「夢」と「志」は似ているようで、違う。
夢は淡くはかない個人の願望であるのに対して、
志は、未来への確固たる決意。自分だけではない誰かのために尽くそうとする強い意志。
もともと "心・想い”と”歩いている方向"が同じであることを語源とする志という言葉。
つまり志とは、自分らしい理想の実現に向けて、
一歩を踏み出し、行動を起こしてはじめてその意味をなすのです。
この一文字を校名に含む同志社の建学の精神が息づく
同志社女子中学校・高等学校。
自分を見つめ、他者を認め受け入れる心。
自ら考え、行動できる自由・自主の精神。
憧れの自分、理想の社会へ突き進む行動力・実践力。
それらの能力を育みながら、志の実現に向けて、
自分らしく歩みを進められる女性の育成を私達は目指します。

心が動く体験や出会いを積み重ねながら、心の声を信じて、自分らしい未来へ。
女子よ、大志を抱け。女子よ、心の指す方へ進め。
社会のため、人のために、常に向上心と自分の信念を貫く志を持ちながら、
教育とキリスト教精神による社会貢献の道を歩み続けた新島襄や八重のように。
同志社女子ならではの女子教育は、
きっとあなたらしい志の原点となるはずです。

校長メッセージ

「地の塩」「世の光」を実践する女性として。

同志社女子中学校・高等学校の教育の目的は、聖書にいう「地の塩」「世の光」を実践する女性として、社会の各方面で「奉仕」する人になることです。奉仕とは「自分のため」でなく、「人のため」に尽くすということです。創設者新島の教育観を表す言葉に「彼らは世から取らんとす、我らは世に与へんと欲す」とありますが、これは、まさに同志社の奉仕の精神を表した言葉です。そして、その精神は今も同志社女子中学校・高等学校に受け継がれています。幕末の動乱の中、日本の国の将来を憂えた新島は、革新のために技術や知識を求め、国禁を犯してアメリカという広い世界へと飛び出しました。そこで幸いにも十分に教育を受ける機会を得て、一人ひとりの人間が地位や貧富に関係なく、また男女の区別なく等しく認められている

社会に触れることができました。そして、キリスト教に基づく良心を持った人々を育てる教育が背景にあることを知りました。特に、女子も男子と等しく学校で学び、婦人が世の中で活躍することを目の当たりにしたことが、今日の同志社女子部の設立へとつながっています。
このような教育の実現が新島の願いです。一人ひとりの個性を尊重し、単に学力に優れているだけでなく、キリスト教精神に基づく良心で学んだ知識を運用し、社会の各方面でその能力に応じて「人のために」奉仕する女性へと育ってもらうことが本校の願いです。

同志社女子中学校・高等学校 校長 辻村 好